うつ病かな?と思ったら…正しい「抑うつ状態(うつ状態)」の治し方

この文章は、たとえば以下のような方に向けて書いています。

・自分は「うつ病」かな?と思った方(思ったことがある方)
・精神的に弱っていると感じる方
・心のエネルギーが低下していると感じる方
・自分の大切な人が「うつ病」のような症状で悩んでいる、という方
・ストレスや疲労などによって引き起こされる「うつ」のメカニズムについて知りたい方

ただ、先に結論をお伝えしておくと、その「うつ病」かも?と思われる症状は、もしかしたら「うつ病」ではないかもしれません。一見して「うつ病」と思われる症状は、実は多くの場合、ただのうつ病ではないのです。

そして、「うつ病」には抗うつ剤が有効ですが、そうでないタイプの「うつ」の場合は抗うつ剤の効果も薄く、その他の心と身体に良い治療法を組み合わせて、時間をかけて治していかなければなりません

「うつ病」ではないタイプの「うつ状態」なのに、「うつ病」だと思って一般的に「うつ病」に良いとされる治療だけを行っても、なかなか快方に向かいませんし、何度も再発してしまう可能性も少なくありません。

このページでは、精神的に弱っている方や、心のエネルギーが低下していると感じている方などに向けて、以下のような内容を詳しくまとめました。

・「うつ病」とそれ以外の「うつ状態」の違い
・「疲労」と「ストレス」の関係から紐解く「うつ状態」が生じるメカニズム
・「うつ状態」に有効 かつ 再発の可能性を抑える治し方

一般的な大学の卒業論文をはるかに超えるくらいの分量になってしまいましたが、できるだけわかりやすく網羅的に書けたと思うので、興味のある箇所をお読みいただき、「うつ状態」に対する理解を深めていただければ幸甚でございます。

コンテンツ

「うつ病」と他の病気がもたらす「抑うつ状態」を区別しよう

まずお伝えしたいことは、「うつ病」とそれ以外の病気が引き起こす「抑うつ状態」を区別しましょう、ということです。

過度なストレスや疲れなどが原因で引き起こされる鬱々とした状態のことを、「抑うつ状態」と呼びます。

そして、「抑うつ状態」は、もちろん「うつ病」によっても引き起こされますが、それ以外の病気によって引き起こされることも、実はめずらしくありません。(ここからは、抑うつ状態を簡単に「うつ状態」と呼ぶこととします)

この点について、多くの人を再発させることなくうつ状態から救ってきた心療内科医の亀弘 聡 氏の著書『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らず、うつを治す方法」を聞いてみました』によれば、うつ状態を示す病気には、以下の6種類があります

・大うつ病(=うつ病)
・双極性障害
・抑うつ体験反応(神経発達障害との合併症として広義の適応障害を含む)
・症候性抑うつ状態
・統合失調症の抑うつ状態
・薬剤性抑うつ状態

亀廣聡・夏川立也『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らず、うつを治す方法」を聞いてみました』より引用

このように、うつ状態と言っても、実は様々な病気によって引き起こされる可能性があるのです。そして、上の6種類のうつ状態の中で、いわゆる「うつ病」と呼ばれるものは、「大うつ病」のことを指します

裏を返せば、「大うつ病」以外の抑うつ状態は、厳密にいえばうつ病ではありません。この「うつ病」と、それ以外の病気が引き起こす「うつ状態」を区別することは、抑うつ状態を乗り越えるためには何よりも重要なポイントです

抗うつ剤が効くのは「うつ病」だけ

上でうつ状態には6種類あることを説明してきましたが、上記6種類のうつ状態の中で、いわゆる「抗うつ剤」が大きく有効なのは、実は「大うつ病」(=うつ病)だけなのです。

このことを理解するために、ちょっと長くなりますが、抗うつ剤のメカニズムについて触れておきたいと思います。

元々、うつ病の原因は、「モノアミン」という名称に分類される神経伝達物質の不足や機能不全にあると考えられてきました。モノアミンには、ドーパミンやノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン等の物質が含まれます(やる気などに関係する成分で、きっとどこかで耳にしたことがあると思います)。このような、うつ病などの精神疾患の原因がモノアミンという種類の神経伝達物質にあるという考え方は、「モノアミン仮説」と呼ばれます

話を抗うつ剤に戻しますが、現在、主に抗うつ剤として使用されている薬は大きく2種類あります。その2つの抗うつ剤とは、”SSRI”と”SNRI”です。

SSRIは日本語にすると「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」で、SNRIは「セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬」です。名前の通り、SSRIはセロトニンを増やすことで、また、SNRIはセロトニンとノルアドレナリンを増やすことで、うつ状態の改善を図るものです。

そして、SSRIやSNRIが作用するセロトニンやノルアドレナリンは、上述した「モノアミン」に分類されるものです。つまり、現在抗うつ剤として主に使用されているものは、先述の「モノアミン仮設」に基づいて開発された薬なのです。

抗うつ剤は、場合によっては大きな効果を発揮します。それは、投与される患者さんのうつ状態が、「大うつ病」(=うつ病)によって引き起こされたものである場合です。うつ病になった方は、一定の期間「抗うつ剤」を服用しながら、しっかりと休息をとり、ストレス源から距離を取ることで、かなり症状が回復します。

一方で問題なのは、抗うつ剤では、大うつ病以外の病気によって引き起こされるうつ状態には、効果が薄いことです。そのため、もし患ったうつ状態が大うつ病以外の病気によって引き起こされている場合には、抗うつ剤だけに頼らない適切な治療方法を取る必要があります。したがって、本当は、自分のうつ状態が大うつ病によって引き起こされているのか、それ以外の原因によって引き起こされているのかを、きちんと理解した上で治療していくことが必要不可欠です。

「モノアミン仮説」は時代遅れ?

なお、現在では上述の「モノアミン仮説」は、時代遅れであると指摘する専門家も少なくありません。なぜなら、SSRIやSNRIを服薬しただけでは、うつ状態から回復しないケースの方が多くなってきているからです。

しかしながら、モノアミン仮説が完全に的外れなのかと言われれば、そうとは言い切れません。なぜなら、SSRIやSNRIは「大うつ病」(=うつ病)には現在でも極めて有効であり、うつ病治療にとって不可欠であることは変わらないからです。

ただ、モノアミン仮説の有効性が疑問視される背景には、別の要因があります。それは、精神疾患を患う方の「うつ状態」の半分以上が、実はうつ病ではなくそれ以外の病気によって引き起こされている、という事実です。

多くのうつ状態の原因が単純な「うつ病」ではないからこそ、モノアミン仮説に基づいたセロトニンやノルアドレナリンを増やす治療だけでは、対処が難しくなっているのです。

実は、いわゆる「うつ病」と考えられるものの半分以上は「双極性障害」だった

前章で、「うつ状態のほとんどが実は大うつ病=うつ病)ではなく別の病気によって引き起こされている」と述べましたが、では、現代に蔓延るうつ状態を引き起こしている主たる病気とは、一体何なのでしょうか

その答えは、「双極性障害」と呼ばれるものです。この点に関する記述を、先述の亀弘 聡『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らず、うつを治す方法」を聞いてみました』より以下に引用します。

うつ病患者の60%が、じつは双極Ⅱ型障害である。(Benazzi.2004)
双極Ⅱ型障害の37%はうつ病と誤診されている。(Ghaemi.2000)
双極性障害の77%が最初にうつ病などと診断されている。
正しい診断までに4年以上かかった人が51%いた。(ノーチラス会アンケート)

亀廣聡・夏川立也『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らず、うつを治す方法」を聞いてみました』より引用

※双極Ⅱ型障害とは、双極性障害の一種です。

うつ状態の患者さんに占める「双極性障害」の方の割合は、専門家によってその数値に対する体感の感覚は多少異なります。ただ、きちんと「大うつ病」と「双極性障害」を区別して記述している専門家の間では、おおむね「うつ」で精神科や心療内科を訪れる方の半分以上は、「双極性障害」であるという点では意見が一致しています

ここでは、「大うつ病」(=うつ病)と「双極性障害」は、異なる病状であるために、治し方についても違いがある、ということを、ポイントとしておさえておきましょう。

双極性障害とは?主な症状と分類について

では、双極性障害とは、具体的にどのような症状が現れるものなのでしょうか?以下は、うつ病や双極性障害などの専門家7名の共著「うつ・適応障害・双極性障害 心の名医7人が教える最高の治し方大全」からの引用です。

 双極性障害は、「躁」(そう)と「うつ」の状態が繰り返し現れる病気です。かつては「躁うつ病」(そううつびょう)と呼ばれていましたが、両極端な症状が起こることから、現在は双極性障害と呼ばれ、単なるうつ病(単極性うつ病)とは区別されています。
 躁状態にときには気分が高揚し、誰かれかまわず話しかけたり、ほとんど眠らずに動き回るなど、普段よりも活動的になります。また、高額な買い物をするなどして財産を失うなど、社会的損失を被ることもあります。一方、うつ状態になると一転して気分が沈み込み、意欲が失われ、抑うつ感に悩まされます。この両極端な状態が繰り返されるのが特徴です。

上野陽之介 編「うつ・適応障害・双極性障害 心の名医7人が教える最高の治し方大全」より引用

双極性障害は、かつて「躁うつ病」と呼ばれていたもので、異常なほどに気分が高揚してしまう「躁状態」と、気分や思考、意欲等が極端に低下してしまう「うつ状態」の2つの状態を繰り返してしまう病気のことです

躁状態は、ひどい場合には周りに迷惑をかけたり、健康を損なったりするような行動を取ってしまうことがあります。以下は、双極性障害の研究を牽引する加藤 忠文 先生の著書「これだけは知っておきたい双極性障害 躁・うつに早めに気づき再発を防ぐ」からの引用です。

躁状態のときは経済的・社会的損失のリスクを負います
1.気分が高揚して、異常にエネルギッシュになる
2.自分でもコントロール不能な暴走が始まる(散財、借金、暴言・暴力、恥ずかしい行動 など)
3.破たんする(大きな借金を背負う、家族や友人が離れていく、会社をクビになる、法に触れるような行為をする、健康を損なう など)

加藤忠史「双極性障害[第2版]――双極症Ⅰ型・Ⅱ型への対処と治療」より引用

上に列挙されているように、かつては「躁うつ病」や「躁状態」と言えば、コントロールが効かず、社会に迷惑をかけてしまうようなひどい病気のイメージがつきまとうものでした。

ところが、近年特に問題となっているのは、「躁状態」の症状が軽く、一見して「うつ病」と見分けがつきづらいタイプの双極性障害の存在です。現在では、双極性障害の程度に幅があることを踏まえた上で、双極性障害は大別して以下のように分類されます。

▲双極Ⅰ型障害
社会生活に悪影響が出るほどに顕著で、入院が必要になるほどの激しい躁状態と、うつ状態とを繰り返すタイプの双極性障害です。

▲双極Ⅱ型障害
Ⅰ型のいわゆる躁状態と比較して程度は軽いものの、明らかに気分が高揚したり、イライラしやすくなったり、怒りっぽくなったりする「軽躁」という状態がみられるタイプの双極性障害。Ⅰ型と比べて(軽)躁状態の期間が短く、かつ うつ状態の期間が半分以上の長い期間を占めるのが特徴です。

▲気分循環性障害
双極性障害に似た軽微な症状を示しながらも、双極性障害と診断するには症状が軽い場合に用いられる診断名。

伝統的な「躁うつ病」と言えば、「双極Ⅰ型障害」を指すことがほとんどでしたが、近年の国際的な診断基準(DSM)の改訂で、軽い躁状態を伴いながらもうつ状態が大半を占める「双極Ⅱ型障害」が新たな分類として加わりました。

この、「双極Ⅱ型障害」こそ、躁状態の程度があまり目立たず、うつ状態が長く続くために、「うつ病」と間違われるもの の正体なのです

見過ごされがちな「軽躁」状態

双極性障害には以上のような分類があり、かつての社会生活に大きく支障をきたすほどの、いわゆる「躁病」「躁状態」でイメージされるものは、上の「双極Ⅰ型障害」に該当します。

一方で、「双極Ⅱ型障害」に現れる「軽躁」の状態では、気分の高揚や、怒りやすくなる、イライラしやすくなるといった症状が見られるものの、社会生活に支障をきたす程ではなく、周りから見ても躁状態であるとわからない程度に留まるケースがほとんどです

私がこれまで見てきた中では、双極性障害だと思われる人の躁状態(もしくは軽躁状態)では、以下のような症状が出ていました。

・急に興奮して眠ることができず、疲れて倒れるまで家の中を走り回ってしまった。
・気性の荒い旦那には何も言えないが、急に怒りっぽくなって他の家族に当たり散らしてしまう
・自分の言いたいことが伝わらない、人と話したくないのに話しかけられる、といった場面で必要以上にイライラしてしまう

以上の例のように、「双極Ⅱ型障害」の躁状態は、周りに大きな被害を与えることも少ないため、自分も周りの人も「(軽)躁状態」であると気づかない場合も少なくありません。(そもそも、普通に生活していたらあまり意識することのない「双極性障害」(躁うつ病)かもしれないという発想に至らない人がほとんどかもしれません)

このように、軽躁状態は「躁状態」という特殊な状態であることが見過ごされがちであるため、双極Ⅱ型障害は、大うつ病(=うつ病)と見分けるのがとても難しい病気です。「双極Ⅱ型障害」であるにも関わらず、うつ病と診断されたり、自分自身でうつ病だと思ったりしたまま過ごしている場合も少なくないと言われています。

なぜ双極性「障害」という名称なのか?

今からお話しする点は、この後の内容をよく理解するために重要なので少し触れておきます。

双極性障害の名称は、かつては「躁うつ病」と呼ばれ、その後「双極性障害」へと変更が加えられ、さらに最近では「双極症」という名称へと置き換わりつつあります。「双極性障害」が「双極症」という名称へ置き換えられる背景には、「障害」という言葉の持つ良くないイメージを取り除きたい、という思惑もあります。

では、なぜ双極性障害は「~病」といった名称ではなく、「~障害」という名称が用いられたのでしょうか?

実は、「障害」という言葉が使われた背景には、双極性障害の英語での表記が関係しています。

双極性障害は、英語で表すと”bipolar disorder”です。bi-は「2つの」という意味を表し、polarは「南極の、極地の」等、端っこや最果てのようなニュアンスを示す言葉です。

そして、問題は”disorder”です。安易に「障害」と訳されてしまいがちなこの単語ですが、そこには、「メカニズムが解明されていない」という意味合いが含まれます。

ですから、双極性障害の「障害」という言葉は、「身体に障害がある」といった文脈で使われる「障害」とは、意味が異なる、ということは知っておいていただきたい点です。(後者の文脈の「障害」は、”disorder”ではなく”disability”が用いられます)

ここでのポイントは、双極性障害は、その存在自体はより広く知られるようになってきてはいるものの、未だ原因やメカニズムが解明されていない、ということです。そのため、「うつ病にはSSRIやSNRI」といったように、「双極性障害には○○が有効である」という決定的な治療は、まだ確立されていません。

・・・と言うと、じゃあこのまま治らないのではないか?と不安になってしまうかもしれません。でも、安心してください。口述しますが、様々な体に良いことを組み合わせることで、確実に状態は良くなりますし、私の元同僚や家族も同じような状況を乗り越えて、現在では元通りの生活を送れるようになっています。

双極性障害になった人は「波形」がズレている?

前章で「双極性障害のメカニズムは解明されていない」と述べましたが、実際に双極性障害についての様々な文献にあたってみても、残念ながら100%その原因やメカニズムを説明したものには出会うことができませんでした。

しかしながら、双極性障害のひとつの側面のイメージをつかむのに役立つ図があるので、以下にご紹介します。

wave-bipolar-disorder

内海健「双極Ⅱ型障害という病 改訂版うつ病新時代」より引用

この図は、ドイツの精神医学者であったクレペリンという人物が双極性障害の患者さんの内部で起こっていることを図式化しようと試みたものです。

クレペリンによれば、双極性障害は、通常であれば波形が一致する 快・不快 / 明・暗などの「気分」の波と、何かを実行しようとする気持ちである「意思」の波、頭の中で考えをめぐらせる「思考」の波にズレが生じることによって、精神に変調を来す状態を指します。

この点について、先述の亀弘 聡『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らず、うつを治す方法」では、以下のように説明されています。

 脳神経には、「中枢」と「抹消」の2種類があって、「中枢」は思考・気分・意欲といった高次機能を司り、「抹消」は運動神経・自律神経を司ります。その両方がバランスを崩すことで、さまざまな症状が出ることになります。
 末梢神経である自律神経がバランスを崩すと、悲しくもないのにも涙が出たり、熱くもないのに汗をかいたり、突然の動機やめまい、耳鳴り、頭痛といった身体の不調が現れます。
 一方、思考・気分・意欲を司る中枢神経がバランスを崩すと、こころのバランスがおかしくなってしまいます。
 誰にでも気分の上下や、やる気のあるなし、という波のようなものは存在します。通常の状態では、思考・気分・意欲の3つの波が同調して、気分が落ち込めば(気分)、やる気がなくなって(意欲)、何も考えたくなくなります(思考)。逆に気分が上がれば、やる気が増して、さまざまなことを考えます。しかし、中枢神経がバランスを崩すと、思考・気分・意欲の波にズレが生じてしまうのです。

亀弘 聡『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らず、うつを治す方法」より引用

以上のように、双極性障害では、本来であれば連動して動く気分・意欲・思考の波にズレが生じることで、気分が良いのにやる気が出ない・頭が働かない、頭がさえているのに気分は悪い・気持ちがついていかない、やろうと思っても頭が働かない・気分が悪い、といった心のアンバランスが生じると考えられています。

ただ、この説明だと、「うつ状態」についてはなんとなくイメージができるのですが、なぜ通常よりハイな「躁状態」が現れるのかを十分に説明できないと私は思っています。

そういった意味でまだこの理論は不完全でさらなる発展が望まれるものではありますが、双極性障害を理解するための一助として受け取っていただければと思います。

加えて、上の引用でも触れられていますが、双極性障害では、思考・気分・意欲などを司る中枢神経だけでなく、運動神経・自律神経を司る末梢神経もバランスを崩していることが考えられます。

たとえば、食欲が湧かなかったり、睡眠が乱れたりしてしまうことには、この末梢神経の乱れも関連していると考えるのが自然でしょう。

うつ状態はウイルスによって引き起こされる?

また、近年では、双極性障害にも関係する、うつ状態についての極めて重要な発見がありました。その発見とは、うつ状態がウイルスによって引き起こされるとする、「ウイルス説」です。

うつ状態の「ウイルス説」は、東京慈恵会医科大学のウイルス学の第一人者・近藤 一博 教授によって発見された説です。この「ウイルス説」は、うつ病や双極性障害を深く理解するために欠かせない視点です。

ここからは、近藤 一博 著「うつ病は心の弱さが原因ではない ウイルス原因説から見えるうつ病治療の未来」の内容を参考にしながら、「ウイルス説」について説明していきます。

まず、ここで言うウイルスとは、「ヘルペスウイルス」のことを指しています。

ヘルペスウイルスと言えば、例えば疲れた時に口の周りに発疹を引き起こすのをイメージするかもしれませんが、そのウイルスの仲間です。

今回問題となるヘルペスウイルスは、「ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)」という名称です。ここでは簡単に、「ヘルペス6」と呼ぶこととします。

ヘルペス6は、小児期にほぼ100%の人が関するウイルスです。そして、ヘルペス6は、一度感染するとその人の体内に潜伏感染(せんぷくかんせん)します。

潜伏感染とは、人間の体内で悪さをせずにじっとしているために、免疫機能によって排除されずに潜んでいる状態のことを指します。

ヘルペス6は、人の体内で何もせずにいると考えられていましたが、近藤教授の研究により、実はあるたんぱく質をつくり出していることがわかりました。

そのたんぱく質は、近藤教授によって「SITH-1」と命名されました。このたんぱく質がうつ状態に関係することから、ここでは簡単に「うつ遺伝子」と呼ぶことにします。

ヘルペス6が潜伏感染しているのは、脳や鼻の奥にある免疫組織・嗅球と呼ばれる部分です。そして、動物実験でマウスの脳にうつ遺伝子を送り込むとうつ状態と興奮状態を繰り返し、また、嗅球にうつ遺伝子を送り込むとうつ状態を引き起こしました。

この実験から、ヘルペス6がつくり出すうつ遺伝子が脳や嗅球で増殖することにより、うつ状態や躁状態が引き起こされることがわかりました

もうひとつ注目すべきなのは、うつ遺伝子が増殖した状態では、ストレスを受けた時に分泌される脳内物質が大きく増加する、ということがわかったことです。(ストレスによって脳内物質が分泌されることを、ここでは「ストレス反応」と呼ぶこととします)

つまり、うつ遺伝子の増加によって、ストレス反応はより活発になってしまうのです

近藤一博・にしかわたく「うつ病は心の弱さが原因ではない ウイルス原因説から見えるうつ病治療の未来」より要約して引用

疲労とストレスの関係を理解する

前章で、人体にはうつ遺伝子をつくるヘルペス6というウイルスが潜んでおり、ヘルペス6が増殖すると、ストレス反応が増幅されることを確認してきました。では、ヘルペス6はいったいどのような状況下で増殖するのでしょうか?

この点を理解するためには、疲労とストレスの関係を理解することが欠かせません。ここからは、上述のウイルス説を提唱した近藤教授の著書「疲労ちゃんとストレスさん」の内容を参考にしながら、「疲労とストレスの関係」について見ていきましょう。

疲労によってストレスが増幅される!?

まず第一に、疲労が大きく増大すると、体内のヘルペス6の数が爆発的に増加し、その結果ストレス反応が何倍にも増幅されてしまいます

ヘルペス6は、うつ遺伝子を生成することで、ストレス反応を増幅してしまうのは、前章で見てきた通りです。

そんなヘルペス6ですが、実は疲労が蓄積すると、一気に増殖してしまうことが近藤教授のチームの研究でわかっています。

ある人が運動や仕事などの活動で「疲労」すると、体内でリン酸化elF2αという「疲労物質」が増加します。この疲労物質が大きく増加すると、ヘルペス6は生存の危機を感じて体内で爆発的に増加することがわかっています。(このような働きは「再活性化」と呼ばれます)

疲労物質の増加時に、ヘルペス6はその数を爆発的に増加させることによって、唾液などを通じて体外の別の個体へと移ることで、生き残りを図っているのです。

ヘルペス6が増殖するということは、うつ遺伝子が増加することを意味し、うつ遺伝子が増加すると、あるストレスが発生しても、そのストレス反応が通常の何倍にも増幅されてしまいます。

つまり、疲労が大きくなることで、ヘルペス6の増加が誘発された結果、ストレスが増幅されやすい状態になってしまう、ということです。

近藤一博・にしかわたく「疲労ちゃんとストレスさん」より要約して引用

ストレスは、「疲労」ではなく「疲労感」を軽減する

第二に、ストレスは「疲労感」を軽減する働きを持っている、ということです。この時に重要なのは、ストレスによって「疲労感」は軽減されますが、「疲労」自体は減らずに蓄積し続けるということです。

前項で、リン酸化elF2αという「疲労物質」の大幅な増加が、ヘルペス6を大きく増殖させることについて触れましたが、実はこの疲労物質(リン酸化elF2α)は、炎症性サイトカインという「疲労感」の素となる物質も増加されることがわかっています。

つまり、疲労物質の発生によって「疲労感」も同時に発生するのですが、この「疲労感」は体に対する「休め」の合図の役割を果たします

そんな「休め」という指令を出す「疲労感」の働きを軽減するのが、「ストレス」です

ストレスが発生すると、体内では「コルチゾール」と「アドレナリン」という物質が生成されます。このようなストレスによってストレス物質が生成される仕組みを、ここでは「ストレス反応」と呼ぶこととします。

このストレス反応によって生成されたコルチゾールは、疲労感を引き起こす物質(炎症性サイトカイン)を抑制する働きがあります。つまり、ストレスがあることで、人間はある程度の疲れがあっても、疲労感に抗って活動を続けることができるのです

さらに言い換えると、人間は「ストレスがあった方が疲れを感じない」ということです。

つまるところ、疲労感は「休め」の指令を出すのに対して、ストレスは「がんばれ」の指令を出す働きをしていると言えます。

ただ、ここで注意したいのは、ストレスは「疲労感」は軽減しても、「疲労」自体は軽減しない、ということです。

先ほどの疲労物質(リン酸化elF2α)は、もともとはタンパク質を生成する働きを持つ物質です。そんなタンパク質合成物質が、疲労が発生することにより、疲労物質へと変化してしまうのです。

疲労により、タンパク質合成物質が減少してしまうことは、体内でのタンパク質の生成量が減少してしまうことにつながります。しかしながら、心臓や消化器官、肝臓などの体内の器官は、全てタンパク質によってつくられています。これはつまり、タンパク質が不足すると、体内の器官の働きが低下したり機能障害を起こしたりしてしまうことを意味します。

このように、仕事や運動などの人間の活動によって疲労物質が発生し、タンパク質の生成量が減少することで体内の器官の働きを低下させてしまうような一連の反応こそが、体の疲れ(疲労)の正体であると考えられます。

よく、スポーツなどで限界まで体を動かしたときに、「疲れすぎて食事がのどを通らない」状態は、このようなメカニズムによって引き起こされているのです。

ここまでをまとめると、人間の活動によって「疲労感」と「疲労」の両方が発生し、ストレスが「疲労感」を軽減することで、人間はある程度「疲労」が溜まっていても活動することができる、ということです。

ではここで、疲労感を軽減するストレスが過剰な状態を想像してみて欲しいと思います。

人の体内では、疲労が大きく蓄積されると、ヘルペス6が爆発的に増加することで、ストレス反応が何倍にも増幅されると述べましたが・・・

ヘルペス6が爆発的に増加した状態でストレス反応が起こると、どうなるでしょうか?ストレスは何倍にも増幅され、その結果、莫大な量の「疲労感」が抑制され、どれだけ疲労が蓄積されていても、それを感じることができなくなってしまいます・・・

つまり、疲労の増大に伴うヘルペス6の増加によってストレスが増幅され、疲労感が経験されることでさらなる疲労を呼ぶ、というスパイラルに陥ってしまうことは、想像に難くありません。

そして、最後のポイントは、「ストレスの働きにも限界がある」ということです。

ストレスは疲労感を軽減することを説明してきましたが、その状態はいつまでも続くわけではありません。ストレス反応が大きくなりすぎると、ストレスは疲労感より先に音を上げてしまいます。ストレス反応が過剰に繰り返されすぎると、ある時点で急にストレス反応はストップしてしまうということです

このようなうつ状態のプロセスを理解すれば、まずはきちんと疲労感と疲労を減らすと共に、酷使しすぎたストレス反応を元の状態に戻せるまで、できるだけ疲労やストレスを避けた心と身体にやさしい生活を送ることが必要不可欠であることがわかります。

近藤一博・にしかわたく「疲労ちゃんとストレスさん」より要約して引用

疲労とストレスという観点で理解する双極性障害のメカニズム

ここまで見てきた疲労や疲労感とストレスとの関係性という観点で見ると、双極性障害のメカニズムがより詳しく理解できます。(ここからは、あくまでも私の仮説です)

疲労とストレスから見るうつ状態

双極性障害は、まずうつ状態から始まると言われています。うつ状態に陥るメカニズムは、前章でみたとおりです。

まず、疲労物質が発生することで疲労感も同時に生まれます。疲労感は「休め」の合図ですが、ストレスの「がんばれ」という反応によって軽減されることで、人は疲労感があってもがんばることができます。ただ、疲労感は軽減されていても、疲労自体は体に蓄積し続けます。また、疲労物質が大幅に増殖してしまうと、体内でヘルペス6も増大し、ストレス反応が増幅されてしまいます。そして、極限まで増幅されたストレスは、ある閾値を超えると、反応が停止してしまいます。その結果、莫大な量の疲労と疲労感だけが残り、身体的にも精神的にも活動できなくなる・・・これがうつ状態の正体です。

躁状態はどのような状態と考えられるか?

一方で、正常な状態と比較してハイになってしまう躁状態は、どのようにして引き起こされるのでしょうか?

前章までで、疲労が溜まりすぎた時に、体内ではヘルペス6とそれによって生み出されるうつ遺伝子が爆発的に増殖することを確認してきました。このうつ遺伝子(SITH-1)は、ストレス反応を大きく増幅する働きをします。

躁状態は、このうつ遺伝子がまだたくさん体内に残っているうちに、ストレス反応が再開されることで引き起こされるのではないかと考えられます。

一度ストレス反応が止まり、疲労と疲労感で動けなくなった身体で、再びストレス反応が起こり始める・・・その時にうつ遺伝子が増殖したままだとどうなると思いますか?

体内に大量のうつ遺伝子が残っている状態でストレスが生じると、うつ状態になる前の疲れ知らずでがんばっていた時と同様に、ストレス反応が増幅され、疲労感を感じない状態へと戻ってしまいます

うつ状態になる人は、もともとががんばり屋さんで、心のエネルギーがあればついついがんばってしまう気質を持っていると考えるのが自然です。

そんながんばり屋さんがうつ状態に陥ると、がんばれない自分に対する無力感や、もっとがんばりたいのにがんばれない理想の自分とのギャップを感じてしまい、精神的に圧し潰されてしまうことは容易に想像できます。

そして、そんながんばりたくてもがんばれない自分が、ストレス反応の回復(しかも増幅されている)によって疲労感を感じなくなり、うつ状態から解放された気分になると、どうなるでしょうか?その答えは、ほぼ間違いなく、またものすごくがんばってしまうでしょう。

「これまでの遅れを取り戻さなければ。」「今までの自分は正常な自分ではなかった。(躁状態でハイなのに)今の自分が正常な状態だ。」「今まで周りに迷惑をかけた分をきちんと返さないと。」・・・きっと、そんなことを思うでしょう。

でも、ストレス反応が再開されたからと言って、直ちに双極性障害になる前の健康な状態に戻っているかというと、間違いなくそうとは言えません。この点に関しては、うつ状態からの社会復帰を専門的に支援している医師である廣瀬 久益 先生の著書「完全復職率9割の医師が教える うつが治る 食べ方、考え方、すごし方」の記述が参考になるので引用します。

一般でいう回復では、つまり症状が消えた状態が2か月続いたくらいでは、パワーレベルは発病前の20~30%に過ぎません。とても回復と呼べる状態ではなく、まだ20~30%しか回復していないと見なしたほうが現実的です。 症状が消え、仕事に復帰して数か月経っても、パワーレベルは、個人差はあるものの、50%弱といったところです。そのため発病前は当たり前だった仕事や人間関係のストレスがきつく感じられ、再び休職してしまう人が多いのです。

廣瀬久益「完全復職率9割の医師が教える うつが治る 食べ方、考え方、すごし方」

以上のように、一般的にうつ状態から回復し始めた時期においては、まだ心のエネルギーは半分も回復していません。廣瀬先生が指摘するように、2~3割しか回復していないと考えるのが妥当でしょう

躁状態になった場合にも、ストレス反応によって気分や意欲は回復しているかもしれませんが、疲労や疲労感はまだまだ十分に取り除かれておらず、その状態で無理をするとまたうつ状態に逆戻りしてしまうのは火を見るより明らかです

こうして、まさに双極性障害の特徴である、「うつ状態と躁状態を繰り返す」結果を招いてしまうのです。

そうであるならば、双極性障害から立ち直るためには、うつ状態から回復し始めた後の、気分や意欲のある状態で、「まだエネルギーは十分に回復しきっていない」ということを十分に自覚した上で、がんばりすぎずにできることから少しずつ活動を始めていくことが、何よりも肝要です

蛇足ですが、双極性障害は躁状態の程度などによってⅠ型とⅡ型に分類が分かれていますが、この躁状態の強さは、肉体疲労時に生じたヘルペス6の量によって異なるのではないかと推察できます。

うつ状態になる前の脳や嗅球内でのヘルペスの量が多ければ多いほど、ストレス反応が再開された時の気分がハイになる度合いや、疲労感に抗うという意味での活動許容量が大きくなってしまうと考えられます。

また、双極性障害は、一般的に躁状態よりもうつ状態の方が長いことがわかっています。この点についても、躁状態になるとたちまちうつ状態になる前のがんばる自分に戻ってしまい、再びストレス反応が止まるまで無理をしてすぐにうつ状態に戻ってしまうと考えれば、至って自然なことであると言えるでしょう。

疲労やストレスから考える、気分・意欲と思考

前述の「双極性障害になった人は「波形」がズレている?」の箇所で、双極性障害の人の内部では、気分や意欲、思考の間で波のようにズレが生じている、と考えられていることについて触れました。

私自身、この場合に登場する「気分」と「意欲」の違いを完全に概念として分けられているわけではありませんし、もしかしたらこの2つは同じようなものである可能性があります(実際に、気分・意欲をと思考という2つのみに分けて説明している本もあります)。

ただ、大きく分けて気分・意欲と、思考の2つの波に差が出ることは、これまでの疲労や疲労感によってある程度説明できると思っています。

まず、疲労感は「休め」という指示を出すものですから、「意欲」や「気分」といった部分に作用するものと考えられます。

一方で、疲労は蓄積すると体内の器官の働きを低下させてしまうので、脳の機能を低下させることによって「思考」の部分に作用していると考えられます。

うつ状態になったばかりの時点では、ストレスによって軽減された「疲労感」がMAXまで蓄積していますので、意欲や気分はこれ以上ないくらいまで低下してしまっています。

「疲労」も同様で、ストレスによって「疲労感」が低減されていたことにより、うつ状態になった時点では深刻なレベルまで蓄積しており、その結果、「思考」力もかなり低下していると考えるのが妥当です。

そして、疲労および疲労感の回復のスピードには差があるということも考えられますし、ストレス反応が少しでも回復すれば、疲労感は再び低減され始めます。

このように、「気分・意欲」に関係する疲労感と、「思考」に関係する疲労に差ができることにより、「気分・意欲」と「思考」に波が生じた結果、やる気があるのに頭が働かない、頭は冴えているのに気持ちがついていかない、といった種類の違う様々な苦しみが生み出されていると考えられます。

そうであるならば、「疲労」と「疲労感」の状態には差があると考えて、「気分・意欲」と「思考」に乖離があったとしても、なるべく負荷が少なく、かつ同じような習慣・リズムでの生活を心がけることで、そういったズレを小さくしていくことを心がけるのが、回復するためにも重要であると言えるでしょう。

双極性障害のうつ状態とうつ病の違い

では続いて、「双極性障害」と「うつ病」の大きな違いについて見ていきましょう。

生理的疲労と病的疲労を分けて考えよう

まず大事なことは、疲労には大きく分けて「生理的疲労」と「病的疲労」の2種類があるということです。

「生理的疲労」は、分け方によって肉体疲労・精神疲労や急性疲労・慢性疲労などの様々な分け方がありますが、要は普段の人間的な営みによって生じるタイプの疲労です。

一方で、「病的疲労」は、脳神経の不具合によって生じる疲労のことで、仕事や運動などの活動とは関係なく脳が感じてしまう疲労感のことです。実際には疲労を伴っていなくても、疲労感を感じてしまいます。

そして、いわゆる「うつ病」(大うつ病)は、この「病的疲労」によって引き起こされていると考えられます。

「病的疲労」の状態では、疲労が蓄積していなくても、脳が勝手に疲労感を感じてしまい、活動したくても心がついていかなくなってしまいます。疲労感が全く低減されていないという面から見て、「ストレス」が疲労感を軽減するという役目を果たせなくなっている状態であると推測できます。

だからこそ、セロトニンやノルアドレナリンなど量を増やす(=ストレス反応を促進する)抗うつ剤が、大うつ病にはとても有効であると考えると、辻褄が合うからです。

その一方で、ここまで見てきた内容から容易に推察できると思いますが、「双極性障害」のうつ状態は、病的疲労ではなく「生理的疲労」によって引き起こされるものです。

ですから、ストレス反応を促進することを主たる目的とする抗うつ剤を服用しても、双極性障害のうつ状態は改善されないのです。

「うつ病」は「病的疲労」によって引き起こされるのに対して、「双極性障害」は「生理的疲労」によって引き起こされるものであるという違いがあるために、それぞれに有効な治療法も異なるので、それぞれの違いをきちんと理解して、自分に合った治し方を学んでいくことが大切である、ということです。

双極性障害になる人の多くに当てはまる共通点とは?

双極性障害とこの先戦っていくためには、どうしたら双極性障害になりやすいのか?という点を理解しておくことも大切です。というわけで、この章では、双極性障害になる人に多く見られる共通点について、見ていきましょう。(全ては網羅できていないと思いますが)

うつ状態に陥る「きっかけ」があること

双極性障害になる方の共通点として私がまず挙げておきたいのは、多くの人は双極性障害になる「きっかけ」となる出来事がある、ということです。

双極性障害になった方々の話を聴いていると、驚くことに、誰もが双極性障害になるきっかけになるような、大きな悲しみや苦しみを伴う「報われない」出来事を経験していることがわかります。たとえば、以下のようなものです。

・自分は仕事だけでなく家事や親の介護まで全部自分一人で背負っていたのに、いきなり「癌」になってしまった。こんなにがんばってきたのに、なんで自分なんだ。介護してきた親より先に死んでしまうかもしれないなんて、そんな酷いことはあるだろうか?

・自分が身を粉にして働いてきたのは、職場の先輩(や上司)の期待に応えるため。残業だって100時間を超えてしまうこともあったけど、それだって先輩の期待に応えたいから。そんな気持ちでがんばっていたのに、周りから見ると、自分は上司や先輩からぞんざいに扱われているということに気づいてしまった。

・誰よりもがんばって、成績上位で受かった就職試験。友達と遊ぶ時間も惜しんで、寝る時間も極限まで削って勝ち取った合格だった。なのに、いざ配属されてみると、配属先は周りもみんなうつ病になって辞めていってしまうような、最も過酷で周りも誰も助けてくれない場所。「優秀な君ならなんとかできるだろう」そんなこと言われても、自分ががんばれる量にも限度があるし、誰よりもがんばって勉強して合格したのに、なんでこんな夢も希望もない場所で働かなければならないんだろう。

このように、双極性障害のうつ状態に陥る前には、多くの人が耐えがたいほどの悲しみや苦しみを伴う「報われない」経験をしています。そして、それまでは気を張ってストレス反応で精一杯疲労感を打ち消してがんばってきたのが、その「報われない」出来事によってぷつんと緊張の糸が切れてしまい、後には取り返しがつかないほどの疲労と疲労感だけが残ってしまうのです。

疲労と疲労感とストレスが過度に蓄積していること

これは、ここまで見てきた通りなのですが、双極性障害になる人は、疲労が蓄積し、それに伴ってたくさんの疲労感も生じていますが、それを打ち消すほどの強いストレスを感じて疲労感が軽減されています。そして、自分の中で蓄積されている疲労の量に比して疲労をあまり感じられなれないまま疲労を蓄積し続けるとともに、限界までストレス反応を酷使してしまうので、ある時に急にストレス反応が止まり、重度の疲労と疲労感だけが残る「うつ状態」へと突入してしまいます。

双極性障害の人が持つ心性

また、双極性障害になりやすい人が持つ心の性質の存在も指摘されています。以下は、日本精神病理学会理事である内海 健さんの著書「双極Ⅱ型障害という病 改訂版うつ病新時代」から、双極性障害になりやすい心の性質について、いくつか抜粋したものです。

同調性
周囲の目を気にする、気を配る、全体がうまくいくためには自分を押し殺すなど、周りの環境に同調し、心を防衛しようとする態度のこと。気分障害を考える上で前提となる心性。

執着気質
①一度起こった感情が、人間の標準的なレベルと比較して、なかなかその温度を失わず、長く自足するどころか時に増強されてしまうこと、②「熱心」「凝り性」「徹底的」といった、いわゆる完璧主義的であること、の2点からなる、感情やものごとへの執着が強い性質のこと。

閉塞・停滞の忌避
慣れ親しんだ環境が息苦しいものになったり、理想の自分とのギャップや過去の自分に遅れをとったり負い目を負ったりすることを恐れ、常に現状を乗り越えていこうとする傾向のことです。あの有名な詩人ゲーテにも顕著にみられる特徴です。

対人過敏性
対人過敏性は、上述の同調性と似たような特徴です。相手の考えていることにとても敏感で、大抵の場合 相手が何を考えているのかを読み取ることができてしまうために、相手の気持ちを読みすぎたり、それに対して気を遣いすぎたりして、疲れてしまいます。

双極性障害に対して有効な治療法とは?

続いて、今回の中でも最も重要な内容のひとつですが、「双極性障害はどのようにして治していけばいいのか」という点について見ていきたいと思います。

はじめに断っておきたいのですが、「双極性障害にはこれが効く」という、唯一無二の確たる治療法というものは存在しません。たとえばうつ病のように、SSRIやSNRIなどの抗うつ剤が有効である、といったわかりやすい治療法が無いのです。

一方で、生活リズムを整える、適度に運動する、不足しがちな栄養を摂取する、といった心や身体に良いことを組み合わせることによって、確実に症状を軽減し、元の状態へと戻すことも可能です。

なかなか一筋縄ではいかない双極性障害ですが、以下のような方法を知り、意識して生活の中に取り入れることで、健康な体を取り戻すヒントにしていただけたら幸甚です。

生活リズムを整え、きちんと睡眠をとること

まず第一に、最も重要なことは、「生活リズムを整えること」、そして、「決まった時間に決まった量の良い睡眠をとること」です

なぜこの項目をいちばん最初に持ってきたかと言えば、どの本にも必ずと言っていいほど、規則的な生活リズムを確立することの重要性についての記述があるからです。

もちろん、双極性障害の状態で、リズムを整えたり、良質な睡眠をいきなりとることが難しいということは、わかっているつもりです。

それでも、決まった時間に布団に入り、決まった時間に起床する、というリズムをまず確立することが何よりも重要です。

たとえば、夜更かししてしまうと睡眠のリズムが乱れて次の日以降なかなか眠れなくなったり、睡眠が浅くなったりすることは、すでに誰でも経験したことがあると思います。まずは、このようなリズムの乱れによる睡眠の質の低下を避けるようにすることが肝要です。

この点に関しては、前述の廣瀬 久益「完全復職率9割の医師が教える うつが治る 食べ方、考え方、すごし方」の記述が参考になるので、以下に引用します。

 早寝早起きをするには、寝る時刻ではなく、起きる時刻を固定するのが一番です。
 活力を出すホルモンの分泌リズムを考えれば、、午前6~7時に起きるのが理想的です。寝る時間がどんなに遅くても、たとえ寝ていなくても、起きる時刻を6時なら6時と決め、必ず起床します。はじめはきつくても、続けると、自然に寝る時間が決まってきます。適切な睡眠時間は人によって違いますが、それが6時間の人なら午前0時頃、8時間の人なら午後10時頃に眠気が生じ、寝つけるようになります。

・・・中略・・・

 起きた後は、とにかく4時間、寝ないようにします。4時間続けて起きていられれば、1日起きていられます。細切れの4時間はいつのまにか経ってしまいますが、まとまった4時間はかなり長く感じられます。
 物をつくる、絵を描くといった趣味があればともかく、本を読む、音楽を聴く、TVやDVDを見るといった一般的な娯楽だけでは、4時間寝ないで過ごすのはたいへんです。やはり外に出るのが一番です。散歩でも、コーヒーショップでも、ショッピングでも、他人の目があれば緊張し、起きていることができます。

廣瀬 久益「完全復職率9割の医師が教える うつが治る 食べ方、考え方、すごし方」より引用

では、どうしても眠くなって集中力や気力が続かないときは、どうすればいいのでしょうか?

この点に関しては、ちょっとの「昼寝」が有効です。いわゆる「シエスタ」ですね笑。私も、どうしてもやりたいこと や やるべきことが立て込んで、睡眠を十分に取れないときは、昼寝を必ず取るようにすることで、体調をコントロールしていましたが、体調を良く保つためにもかなり有効です。

ただし、昼寝を取りすぎると睡眠のリズムが崩れてしまいかねないので、適切に少量だけとることが大切です。目安は20分です。私も15~20分くらい昼寝をするようにしていますが、それ以上はしないように気をつけています。

また、上述のように、起きてから一定以上の時間(4時間以上が目安)は、意識して再び寝てしまわないように気を付けたいところです。

睡眠の重要性については疑う余地はないと思いますが、なぜ睡眠がそんなに大切なのか、その理由については意外と知られていないように思います。とても重要な点なので、以下の点はぜひ覚えておいてください。

人間の体内では、休んでいるときに疲労が回復します。その理由は、休んでいる時に脱リン酸化酵素という「疲労回復物質」が働くからです。休んでいる時、特に睡眠をとっている時には、体内で「疲労回復物質」がせっせと働くことにより、疲労の原因である「疲労物質」を、元のタンパク質に戻してくれます。

結論を言ってしまうと当たり前のことのように思えますが、上述のメカニズムのように、休んでいるとき、特に眠っているときに「疲労回復物質」が「疲労物質」を取り除いてくれるために、私たちは毎日元気を取り戻して、新しい1日を活動的に過ごすことができているんですね。

眠ろう眠ろうと思うと、最初は上手く寝つけずに不安になるかもしれません。でも、安心してください。目を閉じて体を休めていれば、眠りに陥っているときほどではないにせよ、きちんと疲労は回復していきます。ですから、たとえなかなか深い眠りにはいることができなくても、意識して目を閉じ、布団の中でリラックスして過ごすようにすることが大切です。

食事などを通して意識的に身体に必要な栄養を摂取すること

続いて、これも当たり前のことに思えるかもしれませんが、食生活を改善するなどを通じて、きちんと栄養を摂取することは、思っている以上に大切なことです

ただ、体調を回復するためには「しっかり食べましょう」と言われても、言われて意識するだけで食べられるようになるんだったら苦労しない、ということも理解しているつもりです。

そうであるならば、疲労によって身体の器官の働きが低下するために、消化器官が食事をあまり受けつけない状況であることを踏まえて、食欲がない状態でもどうすれば少しでも体調を回復できるのか?という点について、考えをお伝えしておきたいと思います。

●タンパク質をできるだけたくさん摂取する
まず第一に、「タンパク質」を意識してたくさん摂るようにしましょう。疲労とストレスの関係の箇所でも説明したとおり、疲労物質が生成されることで、タンパク質が消費されてしまうからです

タンパク質は、脳や消化器官など身体のあらゆる部位の素となる栄養素です。不足してしまうと、各器官の機能が低下してしまいます。さらに、疲労感を軽減するストレス反応の素となるセロトニンやドーパミン、ノルアドレナリンも不足してしまいます。

ですから、野菜や、ご飯やパンなどの炭水化物を摂取するだけでなく、意図的にタンパク質をできるだけたくさん摂取するように心がけたいところです。

タンパク質が豊富な食べ物を調べてみると、代表的なものとして以下のようなものがヒットします。

・肉類   ・魚介類
・卵類   ・大豆製品
・乳製品

お肉が苦手ということであれば、お魚や豆腐などの大豆製品 等を意図的に増やしてみてください!加熱するとタンパク質の吸収率が下がるので、豆腐などの生で食べられるものを中心に増やすといいと思います。

●何よりも「鉄分」が大事!
タンパク質と並んで、最も重要で、意図的に摂取したいのは、「鉄分」です。鉄分は、うつ状態になる人に最も不足する栄養素のひとつです。特に女性は、月のものもあるため、鉄欠乏に陥りやすくなります。女性の方がうつになりやすいと言われる理由のひとつです。

鉄分が多く含まれる食品として、たとえばレバーやマグロ、カツオなどが挙げられます。

ただ、食品だけで身体に必要な鉄分を補おうとすると、莫大な量を食べなければなりません。先述の廣瀬先生の「完全復職率9割の医師が教える うつが治る 食べ方、考え方、すごし方」では、『鉄を摂るために毎日マグロ2㎏食べられるか』というセンセーショナルな見出しがつけられるほどです。ただでさえ消化器官が弱っているのに、そんなに食べるのは無理がありますよね?

では、鉄分をどうやって補うとよいか?その答えは、サプリメントです。鉄は、ヘム鉄と非ヘム鉄の2種類に分けられますが、特に必要な鉄分は、前者の「ヘム鉄」です。

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うつ状態の最も重要な問題のひとつである鉄分不足は、食事だけで補うのはとても難しいです。特に、消化器官が弱っていると食事をたくさん摂ることは難しいと思いますが、小粒なサプリを飲むだけなら、きっと継続できると思います。そして、ある程度の期間継続していただければ、必ず身体機能が回復します。

●不足するビタミン類も補いたい
うつ状態になると、ビタミン類も不足しがちです。その代表的なものが、かつてはビタミンB3と呼ばれていた、ナイアシンです。ナイアシンは、500種類以上の酵素の働きを助け、代謝の半分近くに関わっている、極めて重要な栄養素のひとつです。

ナイアシンなどのビタミン類も、ある程度サプリで補ってあげることがおすすめです。ただし、ナイアシンは過剰に摂りすぎると「ナイアシンフラッシュ」と呼ばれるような副反応が出てしまう場合もあります。なので、海外製のナイアシンのかたまりのようなサプリメントよりは、各種ビタミン類の組み合わせでできたサプリメントを継続的に摂取する方が安全であると考えられます。以下のようなビタミン系サプリメントを、継続的に試してみてください。

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軽めの運動を日常生活に取り入れること

軽い運動も、うつ状態から回復するのに有効であると、専門家も口をそろえて指摘しています。何人も、運動の身体・心の健康への良い影響を否定することはできないでしょう。

良い運動の例として、ウォーキングや軽めのジョギング、ハイキングなどが挙げられます。先述のうつ状態からの社会復帰を支援する専門家・廣瀬先生は、うつ状態から回復するには「キックボクシング」が最も効果的であると述べています。

好みもありますから、自分に合ったものを選べば良いと思いますが、ポイントは「全身運動」であることです。体の一部だけを使うような運動よりは、ある程度体全体を使うような運動を日常の中に取り入れたいところです。

運動量の目安としては、ウォーキングで言えば1時間以上、できれば2時間くらいの運動量を確保すると良いと言われていますが、いきなりそんなにたくさんの運動量を確保することは、精神的にも時間的にも大変だと思います。いきなり身体をたくさん動かしすぎると、疲労骨折などのけがを招いてしまう可能性もあります。何より、続かなくては意味がありません。

なので、ある程度持続可能な量から運動を始めて、体が慣れていくにつれて少しずつ運動量を増やしていくのが良いと私は思います。

そして、とても重要な点ですが、運動がうつ状態からの回復に有効であることにも、きちんと理由があります。実は、軽い運動には、疲労物質をタンパク質に戻す「疲労回復物質」を体内で増やす効果があるのです。

自分にとってのストレス源をきちんと把握して、離れたり距離を置いたりすること

実は、うつ状態になる方でこれができていない場合が多いのですが、意外と、自分にとってのストレス源が何であるか、にきちんと気づくことがとても重要です

特に多いのが、人間関係です。たとえば、以下のような例です。

・職場の先輩が実はストレス源だったのに、気づかないまま近い距離間で過ごし続けていた。
・疲れている状態で配偶者の何気ない言葉に傷ついてストレスを感じているのに、気づかないままいつもと同じ距離間で接してしまっていた。

これはほんの一例にすぎませんし、ストレス源が「人」以外の場合もありますが、とにかく自分のストレス源に気づかずに過ごしている人がなんと多いことか・・・

自分にとってのストレス源は意外と身近なところに潜んでいるので、そのストレスの心のサインを見逃さないようにしましょう。

そして大事なことは、ストレス源に気づいたら、できることであればそのストレス減から離れるか、難しければそのストレス源と少しでも距離を置いて、できるだけ関わらないようにすることです。

この、「ストレス源から離れる」ということが、うつ状態からの回復において何よりも重要であったケースさえあるほどです。

ものごとに対する「とらえ方」を見直すこと

あるひとつのものごとに対しても、人によって受け取り方は大きく異なります。そして、認知行動療法などの心理学的分野においては、うつ状態になりやすい人にはある程度共通のものごとの「とらえ方」があることが指摘されています

教育心理学などで学ぶ機会があったかもしれませんが、このような心の病気などを招きやすいとらえ方は、「認知のゆがみ」(認知バイアス)などと呼ばれています。

ただ、私はこの「認知のゆがみ」という呼び方が好きではありません。なぜなら、「ゆがみ」という響きに、認知の癖が良くない、といった含みを感じてしまうからです。でも、実際に認知の仕方に良い悪いがあるわけではなく、ただそのとらえ方がストレスなどを溜め込むことにつながりやすいというだけの話です。

ですから、私はここではあえて「認知のゆがみ」という言葉を使わずに、単に「思考の癖」と表現することとしたいと思います。

以下には、認知行動療法の専門書として広く読まれているデビッド・D・バーンズ 著「いやな気分よ さようなら」より、うつ状態などを引き起こしやすい「思考の癖」の代表的な10分類についてご紹介したいと思います。

①全か無か思考(二分法思考)
ものごとを白か黒か、0%か100%で考えてしまう傾向。
例)演奏の本番で全体的には良い演奏ができていたのに一か所重要な個所をミスした⇒自分は全くダメだった。

②過度な一般化
あるひとつのものが起こった時に、それがまるで継続的に自分に起こることとして捉えてしまう傾向。
例)自分の演奏がある一人に悪く言われる⇒誰も良くないと思っているに違いない。

③心のフィルター(選択的抽象化)
ものごとの良い面ではなく、悪い面ばかりに焦点を当てて考えてしまう傾向。
例)試験で1問間違えて90点のS評価だったのに、その間違えた1問のことばかり考えて、嫌な気分を抱え続けてしまう。

④マイナス化思考
何でもない出来事や良い出来事でも、悪い出来事へとすり替えてしまう傾向。
例)友人などが褒めてくれたのに、額面通りに受け取ることができず、「自分はそんなことを言ってもらえるほど価値のある人間ではない」などと考えてしまう。

⑤結論の飛躍
「心の読みすぎ」と「先読みの誤り」の2つに分かれ、あるものごとに対して起こった事実以外のところから、自分の悪い方へと飛躍して考えてしまう点が共通。
心の読みすぎ)(職場で嫌なことがあった)夫が口をきいてくれなかった
⇒自分に対して何か怒っている。
先読みの誤り)取引先から折り返しの電話がない
⇒信頼を失ってしまった。(ただ伝言が伝わっていなかっただけなのに)

⑥拡大解釈と過小評価
良いことや長所などを過小に評価し、悪いことや短所を課題に評価する傾向。
例)仕事でミスをしたから、もう職場内での信頼はゼロになってしまった。

⑦感情的決めつけ
自分の感情をあたかも真実を証明する証拠のように考えてしまう傾向。
例)自分に自信がない。だから私は価値のない人間だ。

⑧すべき思考
「~すべきだ」「~しなければならない」と考えて行動する傾向。
例)公務員試験の勉強をしなければならない、自己研鑽は毎日すべきだ

⑨レッテル貼り
その人の価値は、その人の失敗や間違いによって決まると考える傾向。
例)レッスンでミスをした⇒自分は下手くそだ

⑩個人化
良くない出来事を理由もなく自分のせいにしてしまう傾向。
例)この生徒が宿題をやってこなかったのは、自分のせいだ。

デビッド・D・バーンズ 著 / 野村総一郎 他 訳「いやな気分よ、さようなら コンパクト版」より要約して引用

ここまで、うつ状態などを招きやすいとらえ方の傾向をご紹介してきましたが、繰り返しになりますが、これらは絶対的に「悪」なわけではありません。責任感や向上心などの良い面の裏返しでもあるからです。

ただ、これらの特徴が当てはまる数が多いほど、そして、その特徴が強いほど、不要な程のストレスを溜め込みやすくなってしまうのも事実です。

ですから、それらを単に悪いものとして完全に強制することが正しいというわけではなく、もっと気軽でストレスを生まないようなとらえ方にできないか、自問してみて、できそうなところから少しとらえ方を見直してみることが大切だと私は思います。

なお、思考の癖(認知のゆがみ)を修正するためには、大きく分けて以下の2つの方法があります。

●認知行動療法(をはじめとしたカウンセリング)
認知行動療法は、カウンセリング等を通じて、うつ状態を招きやすい心の癖などに気づき、とらえ方を見直していくプロセスのことです。

精神科医やカウンセラーなどの専門家との対話を通じて行う方法の他、同じような状況の人たちで集まってお互いのとらえ方について指摘しあう「グループセラピー」と呼ばれるような方法もあります。

●コーピング
コーピングは、認知行動療法と異なり、自分自身で自分のものごとへのとらえ方をモニタリングして、その癖に気づいて、必要があれば意識してとらえ方を修正する作業のことです。何らかの(主にマイナスの)感情が生じたときに、もっと良いとらえ方がないか自問自答する、という方法で簡単に実践することができます。

すごく簡単な例でいえば、他人から褒められたときに「自分はそんなに褒められるほどの価値がある人間ではない」と思ってしまったときには、「自分ではできると思っていなかったけど意外と自分の長所なのかもしれない」と とらえ直してみる、といったイメージです。

きちんと気持ちの面で一日を終えること

続いては、すぐにでも実践できる対処法をご紹介します。

それは、気持ちの上で、一日一日をきちんと終える、ということです。と言うのも、「まだあれが終わっていない」「今日は思っていた量の7割くらいしかできなかった」などと、一日の終わりにやり残した感があると、ストレスが溜まりますし、何より眠りが浅くなってしまいます。

不要なストレスを溜めないようにし、より良い睡眠をとるためにも、一日一日をきちんと終えることは、意外と重要です。(私もできない日がよくあるので困ってしまいます笑)

毎日にやり残した感がある人は、総じて自分に対して「やるべきこと」「やらなければならないこと」を、多く課してしまいがちです。自分がその日に100%1秒も無駄にせずにできるくらいの量を見積もってしまいます(私もそうです)。でも、現実はそう上手くいかないので、特にうつ状態の時は、理想の半分くらいの量から始めてみると良いかもしれません。

時には手を抜くこと

うつ状態の時など必要がある場合には、時には手を抜くことも大切です。

家事の例で考えてみれば、お金が許せば外食しても良いですし、自炊するにしても、チンするだけで済ませても良いですし、片づけに余計なエネルギーを消費しないために紙のお皿や割りばしで食事して、終わったら捨てるだけのようにしても全く問題ありません。

心のエネルギーが足りない時には、自分にやさしく、手を抜けるところはしっかりと手を抜いて、自分への心理的な負荷を減らしてあげましょう。

信頼できる人に話を聴いてもらうこと

困ったときには、信頼できる人に話を聴いてもらうことも、実はとても重要です。なぜなら、自分の潜在意識にある思いを人に話して言語することは、自分の気持ちを整理したり、思ってもみなかった解決策が見つかったり、ストレスを軽減できたりするからです。

悲しみや苦しみは、自分の中だけで溜め込んでいると、思っている以上に大きく自分の心を蝕んでいくものです。ですから、時には人に自分の悲しみや苦しみをさらけ出して、自分の心の中にある膿を外へ出す機会をつくってみてください。

できるだけストレスを避けながら、心や身体にとって良いことをできることから実践する

この章では、双極性障害を治すための具体的な方法について見てきましたが、そのまとめです。

うつ病は「病的疲労」なので薬による治療が中心になりますが、双極性障害はそうではありません。生理的疲労やストレス反応の停止などから引き起こされるもので、体内で様々なバランスが崩れてしまっている状態です。

したがって、双極性障害の治療は、薬が中心ではなく、体内のバランスを整える生活習慣の見直し・食事・運動や、不要なストレスを溜めないようにするストレス・マネジメントが中心となります。

さらに、どれかひとつをすれば治る、というわけではなく、それぞれの方法を組み合わせて、ストレスや疲労に負けない心と身体をつくっていきましょう、という考え方が大切になってきます。

鉄分やビタミン類を摂取するなど、始めやすいものから徐々に試していって、少しずつでいいので生活の中に取り入れてみてください。

要約とまとめ~心と身体にやさしい習慣や考え方を創り上げていくこと~

最後に、この文章の内容を要約することで、締めとしたいと思います。

まず、「うつ病」だと思われる状態は、実は「うつ病」ではない場合が少なくありません。「うつ病」は「病的疲労」によって引き起こされるものですが、そうではない、「生理的疲労」がきっかけとなって引き起こされる「うつ状態」は、多くの場合「双極性障害」という状態です。特に、気分がハイになり行動的になる「躁状態」の程度が軽い「軽躁状態」が見られつつも、多くの期間は「うつ状態」として過ごす「双極Ⅱ型障害」は潜在的に数も多く、しかも「うつ病」と間違われやすい病気です。

体が疲れることによって生じる「疲労物質」が発生すると、「疲労感」も同時に発生します。「疲労感」は、身体に「休め」の合図を送るものです。しかしながら、普段はこの「疲労感」を、「ストレス」が軽減することで、疲労が生じても人はがんばり続けることができています。このような「ストレス」の作用を「ストレス反応」と呼びます。「疲労感」の「休め」に対して、「ストレス」が「がんばれ」と背中を押している状態ですね。ところが、この「ストレス反応」にも、限界があります。あまりにも「疲労感」の蓄積が膨大になりすぎて、「ストレス反応」が過剰に繰り返されすぎると、「ストレス反応」はストップしてしまいます。その時に、「疲労」と「疲労感」だけが残り、がんばりたくてもがんばれなくなってしまうのです。この状態こそが、「うつ状態」です。

また、「疲労物質」が大量に蓄積されると、普段は体内でおとなしくしているウイルス(=ヘルペス6)が、危険を感じて大量に増殖します。「ヘルペス6」は、うつ状態に影響を与えるタンパク質(=SITH-1;うつ遺伝子)を生成しますが、この「うつ遺伝子」が体内で増殖すると、「ストレス反応」が何倍にも増幅されてしまいます。その結果、過剰な「ストレス反応」で「疲労感」を感じられなくなり、うつ状態を招きやすくなるのです。

一度双極性障害になると、気力がなくなって活動できなくなる「うつ状態」と、とてもハイな気分で活動的になる「躁状態」を繰り返すようになります。「躁状態」は、「うつ状態」の時には止まってしまっていた「ストレス反応」が再開された状態であると考えられます。ただ、「ストレス反応」が再開されても、実は心や身体のエネルギーは2~3割くらいしか回復していません。なので、少し気力が戻ったからと言って、無理をするのは禁物です。

しかしながら、「双極性障害」になる人は、総じてとてもがんばり屋さんです。少しでも「ストレス反応」が再開されて、「疲労感」が軽減されて、これまでの遅れを取り戻そうと、急激にまたがんばり始めてしまいます。まだ心と身体は少ししか回復していないにもかかわらず、です。

したがって、「双極性障害」から元の健康な状態に戻るためには、回復期にも無理をせず、持続可能な範囲で活動していくのがポイントです。「双極性障害」では、「うつ状態」であっても、全く何も活動しないと、なかなか体調も良くなりません。むしろ、自分がやりたいと思えることや、ストレスが少ない活動については、できる範囲で積極的にやった方がbetterです。

「双極性障害」の治療には、回復するのにある程度時間がかかります(少なくとも数か月以上)。まず、回復し始めて、「ストレス反応」が再開されて気分が多少良くなっても、がんばり過ぎないことが大切です。また、本文では触れませんでしたが、「躁状態」と「うつ状態」の「混合状態」という状態も存在しますが、これは特に回復期に見られやすい状態です。実は、死にたいという気持ち(希死念慮)は、この「混合状態」の時に強くなりやすいです。「うつ状態」による自殺は、回復期が最も多いと言われています。ですから、もしそのような状態になったら、「今は回復期で、回復に向かっている証拠だ。」ということを思い出してほしいと思います。

「双極性障害」を治すための具体的な方法は、生活リズムの改善・食事(含サプリ)による栄養摂取、適度な運動で身体のリズムや疲労状態を整えることと、過度に「疲労」や「ストレス」を溜めないようにするストレス・マネジメントの組み合わせで、心と身体にやさしい習慣や考え方を創り上げていくことが大切です。

生活リズムは、起きる時間を固定すること、食事は、タンパク質や鉄分、ビタミンなどを、サプリメントも活用しながら積極的に摂取すること、適度な運動は、1~2時間のウォーキングや、それに相当するくらいの全身運動を、できる範囲から始めていくこと、です。これらは、「双極性障害」の三種の神器と言えるほど重要な治療プロセスです。

双極性障害になると、なかなか気力も湧いて来ず苦しい状況だとは思いますが、サプリで栄養を取ったり、少しずつ身体を動かしてみたり、できることから少しずつ試してみていってください。

あなたが心の健康を取り戻せることを、心より祈念しております!

うつ状態・双極性障害 関連の参考文献一覧

【 主要参考文献 】
・近藤一博/にしかわたく 「疲労ちゃんとストレスさん」 河出書房新社(2020)・近藤一博/にしかわたく 「うつ病は心の弱さが原因ではない ウイルス原因説から見えるうつ病治療の未来」 河出書房新社(2021)
・亀廣聡/夏川立也 『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らず、うつを治す方法」を聞いてみました』 日本実業出版社(2020)
・廣瀬久益 「完全復職率9割の医師が教える うつが治る 食べ方、考え方、すごし方」CCCメディアハウス(2015)
・内海健 「双極Ⅱ型障害という病 改訂版うつ病新時代」 勉誠出版(2013)
・加藤忠史 「双極性障害[第2版]――双極症Ⅰ型・Ⅱ型への対処と治療」 筑摩書房(2019)
・貝谷久宣 「両極端な気分の変動をコントロールする よくわかる双極性障害(躁うつ病)」主婦の友社(2013)
・ジム・フェルプス 著 / 荒井秀樹 他 訳 『「うつ」がいつまでも続くのは、なぜ? 双極Ⅱ型障害と軽微双極性障害を学ぶ』 星和書店(2011)
・内海健・神庭重信 編 『「うつ」の舞台』 弘文堂(2018)

【 その他参考文献 】
・坂本誠 『心のお医者さんに聞いてみよう 対人関係・社会リズム療法でラクになる「双極性障害」の本 治療の基本と自分でできる対処法』 PHP研究所(2020)
・加藤忠文 「これだけは知っておきたい双極性障害 躁・うつに早めに気づき再発を防ぐ!」翔泳社(2018)
・上野陽之介 編 「うつ・適応障害・双極性障害 心の名医7人が教える最高の治し方大全」文響社(2021)
・小野一之 『あなたの大切な人が「うつ」になったら』 すばる舎(2007)
・デビッド・D・バーンズ 著 / 野村総一郎 他 訳 「いやな気分よ、さようなら コンパクト版」星和書店(2013)

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「言葉と傾聴で人の心を豊かにすること」をライフワークとするカウンセラーです。あなたの心の奥に眠る思いを言葉に翻訳します。詳細はこちら

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